吉田松陰『孫子評註』を読む


2018年12月25日読了

荻窪駅で下車した時に時間があったので駅ビルの上の書店を散歩していたら、偶然見つけた一冊。まだ発売日前だったのでおそらく棚に置かれたばかりだったのだろう。これもご縁。

著者は吉田松陰の研究者ではなく孫子など戦略の研究者の立場から、松陰の孫子評注を、日本の孫子研究の中でも幕末の緊迫した国際政治情勢と江戸期に研究された孫子の集大成として評価している。
内容は松陰独自の孫子の解釈を引用しつつ著者の立場からの孫子解釈も加えたものだ。
しかしながら、おそらく著者のもっとも主張するところは、現代人の孫子の解釈は如何にも偏っていることを懸念している点だろう。
対共産党戦線でも敵方に日本の研究の浅さを読み取られて負けてしまったのだと言っている。
「戦争に及ばぬ力の闘争はさらに多様であるということが、念頭から抜け落ちていないだろうか。」で締めくくられている。




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