「歴史認識」とは何か – 対立の構図を超えて


歴史認識とは、ある歴史的事実に対して、双方が向き合って違う立場で眺めるか、あるいは同じ場所から違った見方をするか、さらには肩を組んで遠巻きに眺めるか、のいずれかになる。(我関せずは除く)
これは、人間社会における対立構造においては必ず事実認識をめぐって論争が起こるが、そもそも社会的事実は客観的事実と違って、見る人の意志を反映することになるので、同じ事象を巡って同じものが見えるとは限らない。

著者は歴史学者でもあり政治運動などにも関わってきているため、政治的意図を感じないでもないが、なるべく感情を乗り越えて史実は何かについて掘り下げていこうとする姿勢はある。

著述は、江川紹子によるインタビュ質問に著者が答えていくという形で進められる。東京裁判における戦争責任・戦後責任、国交正常化、慰安婦問題など世間で興味が持たれているテーマ、言い換えれば認識が対立しているテーマに対してなぜそのような対立が起きてしまったか、背景として伝えられている史実、あるいは伝えられ方、誤っている場合の是正の問題など、著者の持論が展開される。

特に慰安婦問題については、法的な解釈による責任論だけでは、「被害者」は救済されないという立場から、公的なところから外れたところで著者は支援活動を続けていたが、韓国国内でもその支援を受けた人が非難されるという事実も紹介されており、国家を超えたところで道義的な解決の方法をとることの難しさが説かれていた。

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