謎のチェス指し人形「ターク」

謎のチェス指し人形「ターク」
トム・スタンデージ
エヌティティ出版


ターク(Turk)とは18世紀に作られたチェスを指す人形仕掛けである。オーストリア・ハンガリー帝国の時代なので、こういった文化や技術を支える経済的余裕があったのだろう。女帝がケンペレンという物理学者に命じて作らせたもので、機械人形にトルコ人の衣装を着せていることから、Turkという愛称が付けられた。
Turkはチェスを指す「きまった動作」をする人形というだけではない。人間を相手にして手を判断し指すことができ、相手が誤った駒の動かし方をするとその手を戻すこともできる。しかも並大抵の強さではなく、ことごとく相手を倒してしまう。
Turkは機械仕掛けであることを明らかにするために、チェス盤の載っている机を前を開けて中を見せ、さらに一周まわして裏を見せて、中に人が入っていないことを示す。ケンペレンはその後、ぜんまいを回してTurkを動作させるのである。
機械工業盛んなころであり、オートマトンは次々に作られたはずだが、Turkのような知能を有した機械仕掛けは、当時の人には不思議に思われただろう。人間の知能が機械動作に置き換えられるかという議論を引き起こしたようだ。
ケンペレン亡きあともTurkは幾人かの所有者にわたり、興行に使われた。もちろんだが、中に人が入っているという議論は新聞等でも掲載されたようだが、面白いことにそれを否定する記事もあったようだ。
Turkを見て驚いているうちは、手品と同じで鮮やかに騙されるだけで罪はないが、機械はどのように高性能なものであっても人間によって使いこなされていなければならないわけで、本当に自分の意思でTurkがチェスを指すことなどあろうはずもないことに、人が簡単に騙されるさまは、現代社会においても通ずるものあろう。特にITによる処理は「正しい」と信ずる人は、それを人間が作って正しく動くという検証をしているという前提を忘れないようにしたい。
そして制御不能になったコンピュータが暴走すると、核兵器を飛ばしたり人工衛星を墜落させたり、何でもできるようになるわけで、人間の暴走をコンピュータの暴走に置き換える仕組みがないようにすることも必要になってくる。原発事故など、人間が制御できない機械の最たる例と言えよう。
先日、コンピュータ将棋のボンクラーズがプロ棋士に勝利したというニュースがあった。それ自体は賞賛すべきことだが、本当に「勝利」なのだろうかは、意味合いをきちんと考えなければならない。そもそもゲームは同じ条件で競わなければ勝負をしたことにならない。演算速度が高性能になるほど強くなるというのは、ハードウェア開発の貢献であってソフトウェアではない(もちろんハードの性能を活かすのはソフト技術だが)。たとえば1手5秒という条件を与えてもソフトウェアのほうが人間よりも読めるのかどうか、むしろプロ棋士の直観の裏にあるものが何なのかを解析するのが、コンピュータソフトの開発の意義であろう。つまりコンピュータ同士での戦いをしなければ、勝負とは言えないのではなかろうか。
Turkの現物は残念ながら最後の所有者であった博物館が火災により焼けたため残されていない。

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