「当事者」の時代

「当事者」の時代 (光文社新書)
佐々木 俊尚
光文社 (2012-03-16)


正直に言えば読みこなせなかった。これは偏に自分の読書姿勢による。寝床で眠くなるまで読むという読み方は、えてして同じページを続けて読んでしまったり、間が空いてしまったりして、集中した読み方はできない。
毎日新聞記者である著者の問題意識の出発点は、日本のマスメディアがなぜ立ちいかなくなっているかにある。「立ち行かない」という意味は経営ということではなく言論として。
そこに「マイノリティ憑依」という現象を見出した。マイノリティ憑依とは社会的弱者の意見を代弁するということではなく、勝手にマイノリティを作り出してその立場を前提に記事を書いてしまうということを言う。したがって非常に稀なものをあたかもある一定のマイノリティが社会的弱者として存在しているとの仮定ができてしまうため、読者は常にアウトサイダーに置かれるか、エンタテインメントとしてしかそれをとらえないという現象が生まれているという。
この原因を、戦後の日本の政治構造や経済成長、あるいは学生運動などと絡めて説明しようとしている点が、視点としては興味深いものがある。取材の対象の当事者になることはできないが、それを当事者意識を持てと非難することもできない。そういう状況の中で、当事者としての立ち位置を取り戻すごくわずかな人がこれからの世を引っ張っていくだろうという形で結んでいる。
これはマスコミ論として書かれているが、精神的に幼稚になってきている日本人への警鐘とも受け止められる。中流意識は根源的には生きていくうえで必要ないものを消費することに幸せを見出してそこにロックインされることだというあたり、電車でお化粧する女性に違和感を覚えるものと共通するところがあると勝手に考えた。

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