リスクー不確実性の中での意思決定

2019年12月31日読了

リスクという言葉は業務の中で使うにもかかわらず、これほどに曖昧に使われているものは他にないだろう。
「そうなるかもしれない」「可能性がある」「なったら困る」「嫌な予感」など好き勝手な意味で使われており、監査でもリスクアプローチという概念があるにもかかわらず、鑑査基準にはその定義はない。もとより監査基準にかかれていることはリスクアプローチとされるので、定義はいらないのかもしれないが、それすら説明できないのでは実務家とは言えない。

本書では、「私たちが価値を置く結果(outcome)を脅かすものである」としている。結果にあえてoutcomeと訳者がつけているのはresultとは異なった意味を強調したいからである。著者も指摘する通りこの定義によれば「価値」を明確にしなければリスクを定義できないことになるのは論理的帰結である。ただ、価値自体が我々の尺度の中で相対的な概念であり、「トロッコ問題」を持ち出すまでもない。

トロッコ問題とは、次のような問題である。

あなたがレールにある分岐点(ポイント)の番人をしているときに向こうからブレーキの効かないトロッコが暴走してきた。分岐点の先では左側では一人の作業員が、右側では三人の作業員がそれぞれ働いている。あなたはポイントをどちらに切り替えるか。

大抵の人はより多くの人が救えるように一人の人を犠牲にしてポイントを左に切り替えると言うだろう。トロッコ問題の真の問題は次の設問である。

その左側のレールの先にいる一人の作業員はあなたの肉親である。さてあなたはポイントをどちらに切り替えるか。

この問題は正解を議論するものではなく、ひとりひとりの倫理観を考える問題である。リスクという観点からは、価値という概念が曖昧なゆえにリスク概念も曖昧にならざるを得ず、サブタイトルに「不確実性の中での意思決定」とあるように不確実性を常に内包するものであることを説いた本である。常に自分の価値観と信念とを持っていてはじめてリスクをリスクと捉えることができ、選択によって価値と信念とが統合されるという。

金融リスクとか災害リスクとか、比較的安易に使われる領域でこそリスクの定義をきちんとした上で議論するべきことがわかる。災害で守るのは自分の命なのか他人の命なのか、自分の生活と他人の命とどちらが大事なのか、そういう問題を考えることは、リスク感覚や対処する方向性を考えるきっかけになる。

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