野中郁次郎・紺野登(著)NTT出版(2007年)
いわゆるHowToものの経営書ではない。おそらく野中郁次郎の現時点での思いを原稿用紙に羅列したものと思われる。
したがって全体を通じての論理がよく見えない。ただしテーマは一貫している。経営とは「人間の思い」と体現することであって、その思いは
「善なるもの」に向かっていなければならない、それがタイトルの「美徳の経営」である。
美徳とはアリストテレスの言う「賢慮」のこと。いわゆる真実を追究した結果としての知識ではなく「実践知」
と著者が言っている善に至るための具体的行為がもたらす因果関係がベースになった知識である。
著者のスタンスは、欧米の経営学によく見られる科学的アプローチに対する批判であり、いわゆる「日本的経営」
を科学的アプローチを使わずにどのように説明するかという試みである。科学的アプローチは、分析的アプローチにつながり、「要素還元的」
に論理展開される。しかしいくら要素に分解しても、例えばそれは人間に消火器があるとか循環器があるとかいう話で終わってしまい、
では人間とは何なのかという説明ができないように、「よい経営」を説明することはできないという思想がベースにあるものと思われる。
結局は経営は人間が善を追求するものであるという孟子の説く性善説にたって、なぜ人間は善を追求するのか、生きるのはどういうことか、
といった根源的問いかけを組織を通じて行なうことであると著者は説く。
一般経営者がこの書を読むと「そんなこと当たり前じゃないか」と不満に思うだろう。
経営者は現実的問題に対する具体的解決策を求めている。
しかし著者が説いているのは現実的問題の捉え方も善の希求のしかたによって変わってくるというものだ。なんだか禅問答をしているようだが、
経営者のリーダシップ論であるだけでなく、経営者がいかにリーダになれるかは、
組織の他の構成員や組織を取り巻く利害関係者との関係確立によっても変わってくるという、想定的な位置づけで変わってくるわけで、
どこかに機軸(与件)を置いた議論をしなければ、議論は収束しないことがわかっていつつも、それを経営者個人の「賢慮」
というものに求めようとするところに、著者の挑戦がある。