私の周りには「私は文系ですから」という「ブンケーな人」が多い。類は友を呼ぶというから、自分もその一人なのだろう。認めたくもないが、世間的な定義に従えば、商学部卒の自分も文系である。
ブンケーは数式、メカ、ITに弱いとされ、論理ではなく感性で考え、単なる勉強不足を「ブンケー」なる言葉で生得的性質であるかのように説明する点が、文科系であるにも関わらず言語表現力の低さを象徴している。さらには、過去はさておき、今後も技術系のことは頑なに勉強しないこと自体を正当化する。この嫌悪感から、自分はブンケーであることは認めたくない。
面白いことに、「私は理系ですから」という人には会ったことがない。むしろ、「私は電気が専門なので、機械のことはどうも・・」という謙遜した言い方で使われる。そして、理系を究めた人は哲学者であることも往々にしてあることだ。反対にブンケーの人に、「私はドイツ語が専門なので英語は・・・」という人はいない。
明治時代に学制ができたとき、武官・文官・技官という考え方にしたがって、軍大、帝大が作られ、学部が作られた。この考え方は、東京大学の文科・理科という区分にそのままレガシーとして残っている。そういう価値観の中で生きることに安堵を見出すのはいただけない。さらにはたかが18歳時の選択で自分の人生を定義してしまうというもったいなさ。
これにまして、「私はブンケーで、B型ですから」と言われた日には、人間不信になりそうである。あんたはいつから、文系B型の代表サンプルになったんだ!