サミュエル・P. ハンチントン (原著)鈴木主税(翻訳)集英社(2000年)
ハンチントンの著名な論文である「文明の衝突」(1993年発表)の抄訳と、99年に発表された2論文の邦訳である。「文明の衝突」はいずれは読みたいと思っていた。
ソ連崩壊と冷戦終結で漸く世界が平和になるだろうと浮かれていたときに、世界構造は民族や文化的観点から多極化し、これを原因とする紛争が各地で生ずることになり、アメリカはそれに対応する力を失うという趣旨論文はセンセーショナルであった。
もともと産業革命に始まった西洋機械文明を「文明開化」とすれば、日本はまさにそれに追いつこうとして成功した国だといえるだろう。そして、斯様な文明観で未開国家を文明開化することが諸国民の幸福に繋がるという考えは、もともとアメリカの国家理念でもある。
しかし、著者の指摘は、そもそも民族間において文明に対する考え方が異なっていることや、アメリカが他国に干渉する姿勢を好ましくないと思っている国のほうが圧倒的に多いことなどから、いずれ超大国による一極支配構造は崩れ、類似した民族や文化で集まった国家の関係が強くなってくる。言ってみれば、お互い分かり合えるだろうという前提条件が既に整っている国家間のゆるい繋がりで国際関係が形成されるという考え方なのだろう。これは米国人の思考とはまったく逆である。
しかし、「多文明世界における文化の共存」の項では次のような記述がある。
不干渉ルールと共同調停ルールに加えて、多文明世界の平和のための第三のルールは共通性のルールである。あらゆる文明の住民は他の文明の住民と共通して持っている価値観や制度、生活習慣を共通して模索し、それらを拡大しようと努めるべきなのである。
と言っている。
しかし、共通性を見出すよりは違いを見出して認めることのほうが重要なのではないか。まさに共通性を拡大しようとして失敗してきたのが米国なのだから。
