栗林と書いて「りつりん」と読む。江戸時代に造園された讃岐高松城の外苑で紫雲山を借景にした回遊式庭園で、日本一の大きさを誇る。池を取り囲む緑の風景がなんとも風情がある。
江戸時代は、海傍にある高松城から船に乗ってそのまま入ることができたようだが、いまは途中の川は埋められて街中には道路の中央分離帯に突然現れる「橋」の地名としてしかその名残はない。
高松には仕事でよく行っていたのだが、この度を機会に最後ということになった。実に寂しい限りだが、よくよく考えてみると、高松空港から会社に行き、昼食にうどんを食べ、ホテルに泊まり・・・・という動きしかしていなかったので、市内の様子はどこに何があるかはある程度は分かるものの、その中がどうなっているかはまるでわからないことに気がついた。
このたび、週末にうまくかかったので、ホテルで来客用の自転車を借りて市内をぐるっと回ってみたのだが、栗林公園は以前から行ってみたかった場所である。
安芸の縮景園、金沢兼六園、小石川後楽園、水戸偕楽園など、すばらしい大名庭園はいろいろと行っているが、栗林公園もまた見事であった。文化財は金持ちが残すものだということを実感する。廻り終って帰る時に、外に車が走っていることに気が付き、それまでは都市の喧騒から離れていたことを感じさせた。
公園に行ったらついでに城も見たくなり、海の傍の高松城を一周。ここはお堀が海水で潮汐によって堀の水位が変わるという珍しい城である。時間の関係で中には入らなかったが、すぐそばは宇野=高松を結ぶ連絡連のフェリーターミナルが再開発されていて、きれいな公園になっているので、自転車で岸壁を散策した。
釣り人がたくさんいたものの、何か釣れている様子はない。しかし皆穏やかな顔をしている。東京の船釣りで見る真剣な顔とはまた違って、海風の中で時の流れを堪能している様子がうかがえる。
自分も瀬戸内の穏やかな海を見て潮の匂いをかいでいると、この上ない幸福感を感じてしまう。
嗚呼、地方都市はいいなぁ。海はいいなぁ。いや、それだけではなく、お遍路さんへの施しの心がどこかに根付いているのだろう。仕事で接したのは皆いい方ばかりだった。
・・・・という思いを抱きながらホテルに戻り、自転車を返却し、うどん屋に入って、バスで空港に向かい、高松を発った。