メールは意思疎通に向かない

最近はオフィスの内部にいる者同士でのメールによる連絡や報告が増えている。
メールは時間と場所を選ばなく利用できるので、お互いに都合のよいところで意思疎通ができるので、それはそれで便利になったと言える。
しかし、メールを送信したことによって、相手が見たとみなすことは危険が伴う。
そもそもメールの送信は、相手のメールサーバにデータを記録したという行為であり、自分の意図が相手に伝わったと言えるためには、最低限、
1.相手がメールを開く
2.読む
3.不明点を確認するやりとりがある
4.了解、納得したという返事がある
という行為が追加されなければ、伝わったことにはならない。
つまりメールとは、文書を交換する手段ではあるが、意思疎通の手段としては、極めて弱いものと考えねばならない。
もともと対話は内容によって時と場所を選ぶ。
特に内容が機微に触れる事項であればあるほどそのはずだ。それは単に機密性だけの話ではない。
夜景のきれいなレストランで難しいビジネスの話はしない。空間が閉じられた会議室や料亭などが使われる。反対に男女が料亭でビジネスの話をしても、別の意味があるはずだ。
意思が疎通できたと言えるのは、相手の思考を通じてその解釈なり判断なりをこちらが感じ取ったときに初めて言えるのであって、本当にそれが意思疎通になっているかどうかは、実は永遠に分からないのだ。ビジネスの現場でメールによる伝達を最優先手段とするのはさまざまなリスクが伴うので、最近は次のように情報交換手段を指示している。
「1に対面、2に電話、3に文書で、4にメール」
これは、「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」をヒントにしている。

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