先日の10月8日は皆既月食だったらしい。
新聞で事前に知ってはいたのだが、出張先で忘れてしまっていた。
見逃したから、どうということはない。
こういう自然現象が、観測できて物理法則として捉えられ、コンピュータを使って誤差まで含めて正確に計算できて、インタネットでは詳細に提供され、それなりのアクセス手段を持っていれば誰もが利用でき、スマホを持っていればその場で入手できる。
見る場所や時間帯ごとの月の形の違いとか、気象予報と合わせて、場所ごとの最適な観測時間とか、何でも分かる。
確かに便利な世の中だ。「便利」以上のものがあるようにも思える。
しかし、何だかつまらない世の中になったようでもある。
古代の人類が皆既日食を見て世の終わりととらえて天を仰ぐようなことは、今の時代には考えられない。お日様が朝顔を出し、夕方には地の向こうに沈み、翌日また同じようなことを繰り返す。これが当たり前と思っていた人たちには、日蝕は恐怖いや畏怖だったろう。
むしろ、「自分の知りたいことが何でもネットで簡単に手に入る時代になった」と思い込まされている今の時代に、気味悪いものを感じてしまう。