勿体無いという言葉が見直されているらしい。
それが海外からということがやや気になるが、日本で忘れられようとしている言葉がMOTTAINAIという形で復活しようとしていることは喜ばしいことである。
MOTTAINAIには、Reuse(再利用)、Reduce(省資源)、Recycle(循環)という3つの意味(3R)が込められている世界で唯一の言葉だという。
しかしながら、「勿体無い」をそんな陳腐な意味に集約させていいのだろうか。
アメリカにいるときに、職場の人が真っ白な紙にちょこちょことメモを取って紙を捨ててしまったのを見て、「それ、勿体無いよ」と英語で言おうとしたときに、英語の適当な語が出てこないで思わず言葉に詰まり、"That's the waste of resource."と言ったところ、"No, I am recycling."と返されてしまい、返す言葉がなかったことを思い出す。
勿体無いという言葉には、モノなら作ってくれた人、食物なら自分のために失われた生命などに対する感謝の気持ちが込められている。また、モノそのものに対しても「魂」「心」を見出して、その心を最大限活かして感謝しようということが本来の勿体無いという言葉には込められている。
紙なら紙で紙として最大限の生命を全うさせるまでとことん使わせていただくという意味がある。それからすると上記の3Rはやや物質的な面に偏りすぎてはいないか。いくらリサイクルしてもモノを作るために働いた人の気持ちまではリサイクルできないのである。
だから明らかに勿体無いという言葉とMOTTAINAIという言葉の意味には大きな開きがある。
とはいえ、MOTTAINAIを否定するつもりは毛頭もない。これをきっかけに、海外の人がMOTTAINAIを勉強して3Rを見出した以上に、日本人の先祖が「勿体無い」に込めて伝えてきた意味を、我々こそが再考し、海外の人へきちんと伝える義務がある。そして次の世代にもきちんと伝えたいものだ。