木村幸比古著(2005年PHP新書)
松陰本は年に1冊くらいのペースでぽつぽつと発刊されるが、やはり明治維新の原動力という位置付けで書かれているものが多い。これもその一つ。
海外の知識を得ようと下田沖に停泊していたペリーの黒船に乗せてもらおうと、金子重輔とともに小船を漕いでポーハタン号にたどり着いたものの渡航拒否され、自首、江戸送り、入獄、萩送り、松下村塾、江戸東送、安政の大獄で処刑という話はあまりにも有名だ。
本書は、松陰がペリーの日本遠征記の部分「日本紀行」翻訳を入手してペリーが何かの意図を持っていることを察したこと、松陰が日米和親条約の内容を知っていたことなど、比較的知られていないこと(自分だけ?)がかかれており、下田踏海もペリー暗殺が本当の目的であったのではないかという別の研究があったことを思い出した。
時代の流れを掴もうとすればするほど自分の無知に気づき情報を求め、追いつこうとするほど世間常識からずれて行く松陰のもどかしさは、時には弟子を突き放し、老中暗殺まで企てるなど、激しい行動にも現れてくる。歴史の流れの中で捉えれば、幕末/維新期の活躍者の教育をした人物と捉えることができるが、それは結果的な評価である。むしろ、そういう激しい時代に生きた松陰先生が自らの役割をどう考えていたのか、究極求めていたものは一体なんだったのか、それを知りたい。