エンロン事件

2002.7.1
エンロン事件とは何だったのか。
今現在では、エンロンが損失を「とばし」ており経営破綻、監査法人が「とばし」を「黙認」し、さらに証拠となる「文書」を裁断した罪を問われ、事件の構造的実態はお蔵入りとなっている。
この事件はいろいろな教訓と謎を残している。
(1)まずは事件そのものがよく解明されていない
経営が悪化し「とばし」に至った背景がよく分からない。そもそも悪化する以前に元々悪かったのではないかとも考えられる。
また、「とばし」のスキームを作ったのは誰か?ファイナンス取引であり、企業単独ではできないから、必ずどこかの金融機関が絡んでいるはずだ。
(2)証拠となる「文書」とは「監査調書」だったのか。
監査法人は監査を適切に行ったことを自ら立証するために「監査調書」を保存する義務が課せられている。会社側の証拠隠滅に対処するためでもある。
しかし、今回の事件で当事者が裁断した「文書」は「調書」であったのかどうか、明確でない。もし「調書」であれば犯罪以前に「愚か」である。自分の業務の適切さを証明する資料を破棄するのであるから、そもそも会計士としての存在価値すらない。
しかし、破棄されたのが証拠として残す必要のない「ごみ」だったのかもしれない。自己の業務の適切さの立証に不要な資料は「調書」ではない。それはあくまでも監査人側の判断である。
したがって、監査人の業務については残された「調書」によって、その適否を判断されるべきではないのか。断罪されるべきは、調書の「偽造」である。
有罪と言う以上、「調書」と「ごみ」の違いについて司法は適切な解釈を下すべきだ。多分それはできないだろうけど。
しかし、「李下に冠を正さず」ともいう。
(3)市場の責任はどこに行った
エンロンは元々電力会社である。日本で電力株といえば「安定株」である。つまり、大損しなければボロ儲けもしない。
電力消費は気象条件や経済状況で変動するが、それが大きく変動するほどの異常気象や経済状況ではない。それが業績の「急成長」により株価も高騰した。この状況を「おかしい」と判断しなかった株主の責任は最低限あるはずだ。そもそも、リスクを軽減するために「有限責任」なのであるから、投資について「損をした」ことを他者に責任転嫁するのはいかがなものか。
また、電力を安定供給するための市場を「補完」するために、金融市場(電力先物)が準備されているはずであるのに、実態はカリフォルニア州の電力不足である。
電力先物はそもそも発電量の調整に適うほどの限月期間を持っているのか?
これを、「市場の失敗」といわずしてなんと言う。
(4)市場のコスト
つまり、市場には必ずコストが伴う。直接の利益享受者は保護されてなおかつそのコストは企業・監査人・行政に転嫁するというのは、市場万能主義が持つ大きな矛盾である。
監査人の監視機関ができるという。
なおさら、監査人の実質責任が不明瞭になり、同類の事件が増えるであろう。
また、手続コストは更にかかるであろう。
なぜ、これらのコストを有価証券取引税等の形で市場が負担しないのか?
(5)経営者と監査人は何をしていたのか
責任問題はまず「何をしたか」「しなかったか」を解明してからである。
不明な点が多すぎる。事件の解明を期待する。

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