荘周(著)岸陽子(訳)徳間書店(2005年)
今年の目標の一つに掲げた古典を読むこと。
その第一弾が荘子だった。
人間かくあるべしと定める孔孟と正反対に、老荘思想は「無為自然の道」として知られているが、本書を読んで少しイメージが変わった。
荘子は人間は「作為」するから「道」から外れてしまうと説くが、実は人間は作為するからこそ活きた人間であって、無為自然の道(これはすなわち天命なのだと思うが)に生きようとするという「作為」をしなければ、決して心の平安を得ることは出来ないということを言っている様にも読める。
後から考えれば、「嗚呼、そんなことだったのか」と思うようなことは多い。つまり後講釈なら誰でも出来る。荘子はそういう意味では、具体的な事例を通じての話が多いが、これは後講釈とも取れる。
とはいえ、仕事などで行き詰ったときに、ちょっと離れて物事を眺める訓練をするには、荘子の言葉を心に刻んでおくとよいだろう。特にこの訳者による荘子は日本語がきれいに書かれている。