パール判事

昨夜はNHKスペシャル「パール判事は何を問いかけたのか」を視た。

東京裁判における、侵略戦争に対する罪、平和に対する罪、人道に対する罪のうち、
後二つはニュルンベルグ裁判で用いられた罪概念であるが、そのまま東京裁判にも持ち込まれたもので、
パール判事はこの点を事後立法として強く非難する。

一方、連合国側(といってよいのか?)判事は、東京裁判の根拠はGHQマッカーサーがつくった「東京裁判憲章」にあることから、
これに従うのが法の正義と主張し、パールとは真っ向対立している。東京裁判が後に批判されるところは、
戦勝国といえども敗戦国を一方的に裁くことができるのかという点である。これは勝者側に正義があるとする戦争観に対する批判でもある。

この点、真珠湾攻撃のみを争点として日米間での問題として片付けようとしていたアメリカの意図や、満州国問題を抱える国民党政権、
東南アジアの利権を奪われた英国(マラヤ)、オランダ(蘭印)、フランス(仏印)
などの思惑がそれぞれ絡んだ政治の場であったことが明らかになる。英国の植民地であったインド(大戦後独立)出身のパールからすれば、
日本の行為を糾弾するには過去の植民地支配者の行為や米国の原爆なども一緒に糾弾されるべきであるという主張は、
日本から直接的な被害をうけてはいないが英国の植民地として参戦せざるを得なかったインドの複雑な立場を主張したものなのか。他方、
同じ英国植民地であっても豪州は現在でも英連邦の一部であることと、東京裁判で目立った存在感がないことと関係があるのか。

余談だが、大東亜戦争という呼称が太平洋戦争となったのは、
戦争の主役がアメリカであったことを印象付けるためのプロパガンダの一つらしい。事実、今の若年層日本人には、日中戦争、
日米戦争の概念はあっても、イギリス、フランス、オランダなどの宗主国と戦争があったという概念を持っている人は少ない。この点、
言葉を選ぶことは大事であると思う。

パールの、「戦争は平和を求める手段としては誤っている」という言葉は重い。今日は、終戦記念日。

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