ここのところ有名なホテルのレストラン等で出されているメニュの食材として使っている産地などに虚偽があったことが問題になっている。
かつてあったように、豚肉に牛の血液を混ぜて牛肉の風味を出して、「和牛ハンバーグ」として売るなどは、明らかな犯罪だ。
しかし、イメージを売るという時に用いられる言葉は、厳密に解釈すると却って言葉の意味が見えなくなってしまい、味気ないものになる可能性がある。
例えば、「朝取れ新鮮野菜サラダ」といえば、何時までが朝で新鮮とはどういうことを言うのかという点まで厳密に決めることになる。「実は朝は朝でも昨日の朝でした」というのでは騙したことになるのだろうが、ランチにサラダを出すにしても、採った後の保存状態が悪ければ、明らかに味は落ちてしまう。大事なことは、食べた人が旨いとおもうかどうかだ。
東京では「築地直送鮮魚」という看板をよく見るが、東京の海産物はたいていは築地経由なのだろうから、たとえ隣のスーパーで買っても(おそらく)築地直送なのだ。が、これもよく考えれば、産地直送ではなく築地直送というのが、どれほどの意味があるものなのか理解に苦しむだけでなく、築地の前は何処なのかを問わずして築地直送を云々しても無意味だ。
十年以上前に、マレーシアに出張した際にホテルの日本食レストランで食事をしたという台湾人が、JIDORI(地鶏)というのがあったがそれはどういうchickenかと尋ねてきたので、放し飼いにした鶏のことだと教えたら、なぜそれをワザワザいうのか理解できないと言っていた。台湾では鶏は放し飼いが当たり前らしい。
こういうことを言い始めると、新鮮であるとか新しいとか、形容詞を使った商品や、言葉の定義が曖昧な商品は何も売れなくなってくる。
「美白」化粧品は、本当に肌の色素が抜けて白くなって問題になってしまったので、これは言葉よりも事故対応の問題となった。言葉の問題と見れば白粉が白いのは当たり前で、これも突き詰めれば、化粧をした女性自身が美しくなるわけではなく、美しく化粧映えしているに過ぎないのだが、本当に白くなったら「事件」になるというのはなんとも皮肉である。
それを美白と書いて売るのは言葉を含めた商品に対する消費者の満足度の問題なのだ。つまり「白く美しくなる」と信じなければ化粧品など買う人はいないわけだが、一方で本当に自分の顔が変わると思っている人もいない。そういった合意の下で売買が成立しているのだから、「買ったけど美人になれなかった」とクレームした顧客は耳にしたことがない。尤も、使用者側にも他者を欺くとまでは言わないが実際以上に魅せようという意図があるからなのかは置いておこう。
イメージはそもそも曖昧なもので、人それぞれの解釈がある。明らかな違法行為は咎めるべきだが、言葉狩りになるようなことにならないことを望む。さらには、法律的に厳密な定義が進めば進むほど、逆にその定義を知らずに誤解を招く可能性もある。
「豪州産和牛」なるものが一体何を意味するのか、考えたくはないが、物流が発達すればするほど、こういう問題は増えていくのだろう。これをまた管理するための新しい仕事が出てくるとすれば、世の中本当に良くなっているのか、疑いたくなる。