現象学の視線


副題は「分散する理性」である。
過去読んできた現象学の本で、言葉の噛み砕き方で分かりやすいのは竹田青嗣だったが、著者は文章の明晰さではトップだろう。哲学書でありもちろん内容は難解ではあるが、日本語が美しいと感じた哲学書は初めてである。
サブタイトルと同じ第四章では、フッサールの現象学の限界に挑んでいる。
・・・・世界の現れの場たる超越論的主観性の領野は、主観と他の主観とが客観と相互に制約しあいながらそこへと巻き込まれているところの非完結的な機能連関としてまさに間主観的な意味構成の場であり、<超越論的内面性>の理念が要求していたような自我論的な閉鎖系なのではない。
主観はその反省的自己経験において、こうした機能連関をみずからのうちに収容しつくすことはできないし、この機能連関を抜け出て反省する(herausreflektieren)こともできない。超越論的主観はあくまで世界への内属から切り離されないがゆえに、「完全な還元」は不可能なのである。(p207)
読んでもよくわからないが、なんとなくこの部分が本書の「きも」であるような感じがしているので、とりあえず引用した。

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