神楽坂伊勢藤

神楽坂を登り右に路地を入ると程なく木造の古い家屋に縄暖簾の建物がある。かつてはごくごく当たり前の情景だったのだろうが、いまは周辺はイタリアンリストランテや白いコンクリートの建物がある中で、独特の風情を醸している。入り口はよくよく見ないと何処かわからない。

やや薄暗い中に入ると土間の囲炉裏を囲んで6人がけの低いカウンターがL字にあって、そこに腰を落ち着ける。冷暖房はないので、夏は暑く冬は隙間風が足に来る。

奥方と思われる控えめな美人がおしぼりとお箸と酒坏を用意してくれる。酒坏は手酌に都合よく小台に乗っている。

注文はない。「お燗でよろしいですか」と聞かれたら「はい、お願いします」といえば良い。
囲炉裏前に正座した亭主がちろりで日本酒の燗をつけてくれる。銘柄は灘の白鷹のみ。

お燗の方法は囲炉裏のお湯で暖められたちろりに白鷹を注ぎ、一度お酒を温めてから徳利に注ぎ、さらにその徳利をお湯につけてから、客に出される。亭主が顔に徳利を近づけてつかり具合を見る。人肌の実に程よい加減なのだが、ゆっくりと飲んでもなかなか冷めないところがいい。

おつまみも別に注文はできるが、先ずは奥方が用意してくれる小鉢3品を味わう。胃袋にお酒が沁みた頃合いで奥方が味噌汁を用意してくれる。このタイミングも絶妙である。1本めは小鉢にはほとんど手を付けず、お酒を味わいながら物思いに耽る。味噌汁がちょうど口直しになる。

一本目を飲み終わると奥座敷では鈴を鳴らしておかわりを注文する。カウンタでは亭主に目で合図すれば良い。
二本目のお燗のつけ方は少し熱くなる(気がする)。
ここからは小鉢をツマミに酒を飲む。そのときはもう頭のなかは雑念が消え、ひたすらにお酒を楽しむ。

基本的に一人で来る酒処だが、奥座敷が二つあって、卓がそれぞれ2卓ないし3卓あり、二人連れが入る。女性客はほとんどいないが、カウンタで独り酒を楽しんでいる女性がいることもある。亭主は音に敏感で、座敷の声が高まると注意される。確かに異質の空間である。

二本飲むと実によい心持ちになる。もう一本行きたいなと思うが、我慢するでもなくかと言って追加注文するでもなく、切り上げて帰路につく。

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