不安はどこから来るか?

仕事はそれなりにきちんとやっているつもりだ。
もちろん完璧ではなく、粗っぽいところもあるが、大所では間違ってはいない。
しかし、ちょっとした不手際が気になって仕方がない。
問題に対処しなければならないとき、周囲にはたいてい助けてくれる人がたくさんいる。
およそ取り巻きの人には贅沢なくらい恵まれているが、逆に何もできない自分を感じて嫌になることがある。


そういう環境で、少し気になることがあってストレスを感じると、不安が高じて朝暗いうちから目覚めることがある。
朝の暗い時間帯は静かで布団に横になっているから体はリラックスして頭が集中できるので、いろいろなことを考えるに向いているが、ついつい「余計なこと」を考えてしまい、不安に拍車がかかる。そうすると心臓がバクバクとなる音が気になったり、胸の辺りがなんとなくもやもやしたり、急に涙が出てきたり、わけの分からない恐怖感を持ったりする。
明るくなってくるとようやく眠くなりうつらうつらしてくるのだが、出勤があるのであまりゆっくりとは眠れない。
不安がさらに高じてくれば、自分で判断して行動するのが怖くなり、ほとんど思考停止状態になってしまうのだが、それがまた役に立たない自分を責める材料になってしまう。
さてこの不安の正体はいったい何なのか。ストレスが原因ではなく、たぶんストレスはきっかけに過ぎないと思う。むしろ、自分の不安をもたらす思考方法・思考回路がストレスによってスイッチが入り、結果的に不安という電灯がつく様な感じがしているのだが、自分の思考回路のどこに問題があるのかよく分からない。
そもそも「心配しなければいいじゃないか」と無責任な人は言う。心の外から心を動かしているのではなく、心自体の働きがそうなって心配してしまうのである。
解決方法も一応考えている。
不安になる思考をつぶす方法と、不安の逆をぶつける(つまりより強い安心を得る)方法とがある。安心する要素をたくさん見つけていけばいいのかなぁ。
誰か教えて。

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4 thoughts on “不安はどこから来るか?

  1. 子曰徳不孤必有隣
    ここは周囲の人に頼りましょう。助けてもらえるのは人徳です。


  2. ゴンチャロフ殿
    あらためて論語(加地)を紐解きました。この言葉。中学校の国語の教科書に出ている基礎的なものですよね。でもすっかり忘れていました。
    心にじーんと沁みるいい言葉ですね。気分が晴れました。
    こうして私は人に助けられているのです。
    富永先生に出てくる富永有隣の名前はここから来ているわけですか。




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