志士と官僚 明治を「創業」した人びと

佐々木克(著)講談社学術文庫(2000年)

明治国家が成立するに当たって、幕末から維新にかけて活躍した」志士」はどのような役割を果たしたか、明治の官僚と志士との違いは、
あるいは幕末の志士と明治の志士との違いは、といったテーマである。代表的人物を取り上げ、個人の性格、行動様式などを分析することで、
明治国家成立において果たした役割を説明しようという内容だ。

最後に残った大久保や伊藤(官僚)と、挫折して行った西郷や江藤(志士)の違いについて、著者は、
背景に組織という権力基盤を持ちえたかどうかが影響していると主張する。
志士は激情的であり現状に不満を持っても新しい国家をどう作るかという点については、明確なデザインを持ちえなかった。
ゆえに倒幕のシンボルとされた天皇でさえも、維新後はその地位をどのように「利用」するかといったことについては考えられていなかった。
しかし明治官僚は、新しい国家における「天皇」の存在についてどのようにすればメリットがあるかという点で考えていたところが大きく異なる。

また、志士にとっての組織基盤は実は旧藩であり不平士族など個人的、個別分散的な人間関係に依存しており、
その点で志士は自分たちが倒した支持基盤に精神的には依存していたという大きな自己矛盾を抱えていたことになる。
この点を個と個の結合はあっても個と組織の結合がなかったと表現している。

志士の運動が、反権力に影響力を及ぼし、藩組織と藩相互の横断的結合がなされ、幕藩制国家に替わる国家像を展望し得たとき、
初めて歴史は動いた・・・のだが、幕府の「公」に対する志士の「私」が勝利したその瞬間に、志士の「私」は「公」に転換し、更に「公」
は志士の手からはなれ官僚の独占するところとなった。そして志士が志士的に明治を生きていこうとしたときに、彼らの論理は再び「私」
の構造に投げ込まれた。


「攘夷」と「護憲」幕末が教えてくれた日本人の大欠陥

井沢元彦(著)徳間文庫(2005年)

全体のほとんどは幕末の黒船来航から明治維新までに15年もの歳月を要したのは何故かという話がテーマになっている。
そして本全体の論旨は、幕末に見られたその体質が、護憲政党の体質として残っていると説くもの。

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長州戦争-幕府瓦解への岐路

野口武彦(著)中公新書(2006年)

著者は長州戦争(山口では四境戦争)という言葉に、敗者の側(すなわち末期の徳川幕府)
から見た二度に渉る長州藩と幕府との戦いを通じて、幕府が如何にしてつぶれて行ったかを議論している。
270年続いた徳川幕府あるいは頼朝依頼700年続いた武家政権がなぜ崩壊したかは、いろいろな観点から議論されているが、本書は、四国
(英仏欄米)による開国の圧力という環境の中で、独自に力をつけて行った長州藩と、
鎖国によって権威を維持し続けてきた幕府を以下の観点で見ている。

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吉田松陰-講孟余話ほか

松本三之介・田中彰・松永昌三(訳)中央公論新社(2002年)

松陰晩年の著述の現代語訳。

最も知られている「講孟余話」は野山獄にて囚人相手に、また後に自宅座敷牢で家族向けにも講義した孟子に関する解釈。

国の危機を憂いて国防の増強と人材の育成、海外の知識の吸収の必要性を国の施策とすべく藩主宛に上申した「将及私言」。

下田でのペリーの船に乗ろうとして失敗した一連の話をまとめた「回顧録」。

など、松陰関係の伝記など書物を読めば必ず載っている話が入っている。

自分はよくよく鑑みると、松陰関係の本は今まで随分と読んだつもりだが、一度として当人の著述を読んだことはなかったことを反省。やはり伝記にしても小説にしても、原典があるものはそこに当たらなければならない。

特に回顧録は、主観的記載ではあるものの、客観的に書かれた伝記などを読むよりよほどリアルに感情が伝わってくるし、ペリーが松陰一行を好意的に捉えていたことなどがよく分かる。

獄中とはいえ、その学問に対する虚心坦懐な姿勢や、常に外部に眼を向けて情報を集めようとすること、また弟子(とは言わず同士と言っているが)など人を愛する心など、「至誠」をテーマとして生涯を貫いた松陰の息吹が伝わってくる。 本来は原文で読めば、格調高いといわれる文章の心意気がなお分かるのだろうが、原文を読み下せない自分の無学を恥じる。

先生の「一日百字を怠れば、一年三万六千字を喪う」というお説教が聞こえそうだ。